星を追いかける物語(5-10分)

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第一章 約束の踏切

午前二時。街が静寂に包まれる時間に、僕は重い望遠鏡を肩に担いで踏切へと向かっていた。ベルトに結んだ小さなラジオからは、天気予報が流れている。「明日の未明は晴れ、雨の心配はありません」という声が、夜風に混じって聞こえてくる。

踏切の前で立ち止まると、遠くから電車の音が響いてくる。でも今夜は電車を待っているわけではない。僕が待っているのは、彼女だった。

二分後、約束通り彼女がやって来た。大きなリュックサックを背負い、手には魔法瓶とお菓子の入った袋を提げている。いつものように、必要以上に準備万端な姿で。

「お疲れさま。今夜こそ見えるかな」

彼女の声には期待と少しの不安が混じっていた。僕たちが探しているのは、彗星。数ヶ月前から話題になっているあの美しい星だ。

「始めようか、天体観測」

僕はそう言って、望遠鏡を組み立て始めた。

第二章 震える手

夜空は深い藍色に染まり、無数の星が瞬いている。街の明かりが届かないこの場所は、僕たちだけの特別な世界だった。しかし、闇は時として人を不安にさせる。彼女の手が小刻みに震えているのに気づいた。

「大丈夫?」

「うん、ちょっと寒いだけ」

そう言う彼女だったが、震えているのは寒さのせいだけではないように思えた。この深い闇に、僕たち二人だけが立っているという現実が、どこか心細いのかもしれない。

僕は彼女の震える手を握ろうとした。でも、なぜかその手は空中で止まってしまった。恥ずかしさか、それとも別の何かが僕を躊躇させたのか、今でもよくわからない。

望遠鏡を覗き込みながら、僕たちは見えないものを見ようとしていた。星図と首っ引きになりながら、あの彗星を探し続けた。静寂を破るように、僕たちの声が夜空に響く。

「あそこ、あの星座の左上あたり」 「もう少し右かも」 「見えた?」 「うーん、まだかな」

明日という未来が僕たちを呼んでいるような気がしたが、僕たちは返事をしなかった。今この瞬間を、この「イマ」という時間を大切にしたかったから。

第三章 探し続ける理由

あれから何年が経ったのだろう。気がつけば僕は、いつも何かを探している自分に気づく。仕事での成功、人生の意味、本当の幸せ。そして時には、悲しみをどこに置けばいいのかさえわからなくなることがある。

人は生まれた瞬間から死ぬまで、ずっと何かを探し続けているのかもしれない。あの夜の彗星のように、美しくて儚いものを。

天体観測を始めよう。今度は一人で、あの彗星を探して。

これまでに見つけたものは、全部覚えている。初めて見た土星の輪、木星の縞模様、オリオン大星雲の淡い光。そして、握ることのできなかった彼女の震える手の温かさも。

望遠鏡を覗き込むたびに、知らない世界を知ろうとする自分がいる。暗闇を照らすような微かな光を探している。そうして知った痛みは、今でも鮮明に覚えている。

あの「イマ」という彗星を、今も一人で追いかけている。

第四章 伝えられなかった想い

背が伸びるにつれて、彼女に伝えたいことは増えていった。でも言葉にできないことの方が多くて、宛先のない手紙ばかりが机の引き出しに溜まっていく。

崩れるほど重なったその手紙たちは、僕の不器用さの証明だった。

今、僕は元気でいる。心配事だって、そんなに多くない。仕事も順調だし、友人たちとも良い関係を築けている。でも、ただひとつだけ、今でも思い出してしまうことがある。

あの夜のこと。

天気予報は外れて、急に雨が降り出した。彼女は泣きそうな顔で空を見上げていた。その時の彼女の震える手を、僕はまた握ることができなかった。

見えているものを見落としていたのかもしれない。彼女の気持ちに、僕は気づけていたのだろうか。

第五章 帰り道の気づき

雨に濡れながら、僕たちは静寂と暗闇の中を駆け抜けた。望遠鏡を担いで、踏切から家路につく道のりは、いつもより長く感じられた。

そうして知った痛みが、実は今の僕を支えている。あの夜の後悔が、僕に人の心を理解することの大切さを教えてくれた。握れなかった手の記憶が、今度は絶対に逃がすまいという強さをくれた。

「イマ」という彗星を、僕は今も追いかけている。今度は一人で。

第六章 再びあの場所へ

もう一度、彼女に会いたくなった。あの時言えなかった言葉を、今度こそ伝えたくて。

午前二時。前と同じ時間に、僕は望遠鏡を担いで踏切へと向かった。懐かしい道のりを、急ぎ足で駆けていく。

踏切に着いて、望遠鏡を組み立てる。天気予報によれば、今夜も雨は降らないらしい。でも僕は知っている。予報が外れることもあるということを。

「始めようか、天体観測」

一人でそう呟いて、空を見上げる。二分待っても、彼女は来ない。でもそれでいい。今夜は、あの「イマ」という彗星を、一人で静かに探してみよう。

第七章 記憶の中の光

望遠鏡を覗き込むと、あの夜と同じ星空が広がっている。時は流れても、星たちの位置はそれほど変わらない。変わったのは僕の方だ。

あの頃の僕は、見えないものを見ようとして必死だった。でも今は分かる。一番大切なものは、実はもうすぐそこに見えていたのかもしれない。彼女の震える手、不安そうな表情、それでも一緒に星を探してくれる優しさ。

全部が、あの時すでに見えていたはずなのに。

ラジオからは懐かしいメロディが流れてくる。あの夜と同じような歌だ。歌詞の中で、誰かが星を追いかけている。僕のように、君のように。

彗星はまだ見つからない。でも構わない。探すこと自体に意味があるのかもしれない。あの夜から今まで、僕は確実に何かを見つけてきた。それは彗星ではなく、人生の中の小さな光たちだ。

第八章 永遠に続く物語

風が少し冷たくなってきた。でも今夜は、震える手を握ってくれる人はいない。それでも僕は、ここに立っている。

あの夜の記憶が、今の僕を支えている。握れなかった手の温かさが、今でも心の中に残っている。彼女と一緒に追いかけた「イマ」という彗星は、実は今でも僕の中で輝き続けているのかもしれない。

望遠鏡をまた担いで、僕は夜空を見上げる。無数の星が瞬く中で、きっとあの彗星も輝いている。見えなくても、そこにあることを僕は信じている。

人は一生をかけて、何かを探し続ける。幸せの定義も、悲しみの置き場も、そして愛する人への想いも。その旅路で出会う痛みや喜びが、僕たちを成長させてくれる。

今夜も、僕は星を追いかける。一人で。でも決して孤独ではない。なぜなら、あの夜の記憶と、これから出会うすべての光が、僕と共にあるから。

踏切の向こうから、また電車の音が聞こえてくる。でも僕は、もう少しここにいよう。この特別な時間を、大切にしたいから。

「イマ」という彗星を、僕は今も追いかけている。

そして物語は続いていく。新しい朝が来るまで、そしてその先もずっと。

天体観測(2001)/BUMP OF CHICKEN

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